『日刊ゲンダイ』

みなさんは、いろいろな場面で<発信>をされています。
部下との一対一、十数人、そして全体集会…etc
もちろんその長さも、3分、20分、1時間…とさまざま。

私の場合は、一対一でのエグゼクティブコーチングのときもありますし、
数人の変革活動メンバーへのアドバイスのときもありますし、
20人くらいのリーダーを対象にしたトレーニングプログラムもありますし、
1時間半の講演や営業の場面もあります。

こうした<発信の場>はいろいろあり、
また、機能する<発信の仕方>が異なります。

ですから、同じネタでも、大きく3段階くらいの
モジュールバージョンをつくっておくといいですよね。

たとえば、一つの小話でも、

5分〜10分くらいの「フルバージョン」
そして、1分くらいの「エッセンスバージョン」
一言でいうと、という「見出しバージョン」

こういった3段階くらいのバージョンを用意しておくと
どんな環境でも、それらを組み合わせて話しをすることができます。

一つのネタを、一つのバージョンでしかもっていないと、
使い勝手が悪いですものね。

たとえば、営業とかで、1時間の予定を取っていたとしても
先方の都合で急に「すいません、15分でお願いします」と
いわれることもあります。

そんなときは、自分の引き出しから
「エッセンスバージョン」や「見出しバージョン」を提供するわけ。
この変換が、状況に応じて柔軟にできないと対応はできません。

そういう意味では、
昔、「日刊ゲンダイ」に、はまったことがあります。

知ってます?日刊ゲンダイ。
駅のキオスクに140円で売ってます。笑
(※あ…夕刊フジでもOK!笑)

「大見出し」「中見出し」「本文」があるわけです。

表紙の「大見出し」でひきつけます。
これでひきつけなければ、買ってもくれないのです。
そして、リード文である「中見出し」、「本文」とつながっていく。

とっても、勉強になりました。
やっぱり、買いたくなる「大見出し」ってありますからね。
そして、読みたくなる「中見出し」がある。

僕はプレゼンテーションを準備するときは、
この「大見出し」、「中見出し」、「本文」をかなり意識しています。

そして、前日に念入りに最悪の事態をイメージしてシミュレーションをしておきます。
それは、「突然、時間を半分でやってくれ」と言われたら…とか。
それは、「会場についたら、お客さんが半分しかいなかった」…とか。
それは、「お客さんの想定年齢が、まったく違っていた」…とか。
それは、「お客さんが、まったく無反応だったら」…とか。

そうしたときに、どのモジュールを使うのか。
どのレベル(「大見出し」、「中見出し」、「本文」)でいくのか。
かなりの時間をシミュレーションに費やします。

なので…現場にいって、
もし、担当者の方が青ざめた顔で近づいてきたら、逆に「むふふ」と愉しめるのです。
だって、なにかあっても、実は僕にとってはたいていが想定範囲内なので。笑


これから、いろいろな場面で<発信>される皆さんへ。

準備は万端ですか?
万端とは、たとえすべての条件がひっくり返ったとしてもケロッとしていられること。
そういった意味でいくと準備の段階で、ほぼ決まります。

今日もきっと・・・I・W・D!

『義憤を失うな』

 リーダートレーニングの際に、こんな話になりました。

「あるとき品質トラブルが起きたんだけど、
 それって、本来は〇〇部署がイニシアティブを
 とらないといけないよな、という思いで様子をみていたら
 結果的に初動が遅れて、結局お客様に迷惑をかけてしまった。
 リーダーとして、あのときどういう対応をした方がよかったのだろうか?」

この問いに対して、参加していた他のリーダーは、
こんな意見を積極的に出してくれました。

「お客様からすれば、どの部門が担当とか関係ないわけで、
 〇〇部署に任せてないで、もっと主体的に動かないとね」

「そうそう、あそこはいつもそうなんだよ。
 なかなか動かないし、<自分のところはここまで!>って線引きしているんだよ」

「だから、うちの部署はあいつらは頼りにしていないから」

「そーーーだよなーーーー」(一同、賛同)

議論は終わりになりそうでした。
それでいいのでしょうか?

他の会社での出来事。

営業マンがお客様の発注を受けて製品を予約を入れます。
そうすると、社内のイントラ画面には、製品の在庫数が減っていきます。
すると、営業マンは納品が遅れると困るために、在庫の抱え込みが起きます。

不安が不安をあおり、必要以上の仮予約がはいっていきます。
でも、その後の実態は、お客様の都合でキャンセルになったり、時期が遅れたり…。

優れた営業マンは、お客様とその部分の握りがしっかりとしているので
発注と実態との乖離が少ない。つまり、発注精度が高い。

一方、何人かの営業マンは、
「お客様のご都合なのだから仕方がない!」
「お客様に迷惑をかけることはできない!」
と声大きく、正論をかざして、自分の営業力のなさを隠します。

そして、そのような正論は広がりやすい。
その結果、過剰に心配在庫のために膨れ上がったりしているだけで、
社内のシステム画面上では在庫はないのに、実質は在庫に山…。
というようなおかしな現象がおきていたりします。

すると、さらにそこでこんな議論がおきたりします。
「お客様に迷惑をかけてはいけないので、もっと在庫を用意しなくてはいけない。
だから、在庫保管所をさらに増やしていこう…。」

これでいいのでしょうか??

なにか問題がおきたときに、それを対処するのは必要です。
しかし、根本的な原因を取り除くことなく、パッチワークをしていくと、どんどんそれは膨れ上がり、
本来必要ではない業務も、在庫も、土地も、膨れまくっていきます。

誤解をおそれずに思い切って定義してしまうと、
そもそも、起きていることを帳尻をあわせていきながら
うまく回していくのはマネジャーの役割。
「まあ、そういうこともあるさ」
「そこをなんとか頼むよ」
というオトナな対応能力が最も必要とされますし、発揮される領域です。

しかし、対処であって、根本解決になっていないのです。
リーダーは、対処ではなく、現在を否定し、根本原因を取り除き、必要ならば破壊までを決断する人。

「そもそも、これって、おかしいだろ?」

そういった義憤(道義にはずれたこと、不公正なことへの憤り)を忘れてしまっては、リーダー失格なのです。

冒頭の事例では、私から彼らにストップをかけました。
そして、こう問いかけました。

「もし、ここに座っている皆さんが、全員役員だったら、どういう議論になりますかね?
 ここからは、役員になりきって議論をしてみてください。ではどうぞ。」

初めは、ぎこちなさもありました。しかし、だんだんと視点が高くなり、対処ではなく、
根本的な問題を、会社としてどう取り除いてくのか…の建設的な意見が交換されてきました。

終わった後に、問いかけました。いかがですか?と。
そこにいた6人のリーダーたちは、おそらく、これがマネジャーとリーダーとの違いなのか、
と身を以て体験をされたことと思います。

あなたのかつてもっていた熱い義憤、まだ、生きていますか?
「そもそも、これって、おかしいだろ?」を封印してはいけません。
あなた(たち)にできないことはありません。
あなた(たち)にできないならば、部下たちはもっとできませんから。

今日もきっと・・・I・W・D!